仙台地方裁判所 昭和35年(ワ)627号 判決 1965年2月22日
原告 小野忠昭
被告 国
訴訟代理人 青木康 外五名
主文
被告は原告に対し金六五〇円及びこれに対する昭和三三年一二月二六日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は主文同旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、
一、原告は、昭和三一年四月二一日、被告に林野庁一般職員として雇用され、白石営林署に勤務する公共企業体等労働関係法の適用を受ける職員である。
二、原告は、昭和三三年一二月九日、当時一三日間の年次有給休暇請求権を有していたが、年次休暇簿に同月一〇日、一一日の二日間年次有給休暇を請求する旨記載し、所属課長である同署経営課長尾形喜一郎を経て同署々長千田修二に提出して年次有給休暇を請求し、右両日出勤しなかつた。然るに、同署長は、原告の右年次有給休暇の請求を承認せず、欠勤として処理し、同月二五日支給すべき賃金から六五〇円を差引いた。
三、しかしながら、後に述べるように、右年次有給休暇請求は、相手方の承認を要せずにその効力を生ずるものであり、仮に承認を要するとしても、右署長の不承認の意思表示は無効であり、承認があつたものとみなさるべきである。
四、よつて、原告は被告に対し右未払賃金六五〇円及びこれに対する支払日の翌日たる昭和三三年一二月二六日から支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
と述べ、その承認を要しない理由として、
(一) 原告は公共企業体等労働関係法の適用を受ける国有林野事業の職員であるから、その年次有給休暇の関係については、国家公務員法及びこれに基づく人事院規則の適用を受けず、労働基準法三九条が直接適用される。
(二) 年次有給休暇は、労働者が請求すると否とを問わず使用者に付与義務があるのであるが、何時これを与えるかについては労働者の請求する時季に与うべきものとされているのであつて、年次有給休暇請求権は、労動者の一方的行為のみによつて休暇時期を決定して就業からの解放という効果を形成しうる形成権であり、それが形成権である限り使用者の承認若くは許可を要しないものというべきである。
(三) このことは国有林野事業就業規則からも明らかである。即ち同規則は、
一一条(休暇の手続)
1 職員は、傷病その他の事由により休暇をとろうとする場合には、あらかじめその事由、時間又は日、私事のため旅行しようとする場合にあつては旅行先その他の必要な事項を所属の長に申し出てその承認を受けなければならない。
四〇条(年次休暇)
3 年次休暇は原則として一日を単位として、職員が請求する時季に与える。但し業務の正常な運営に支障があると認められる場合には、別の時季に与えることができる。
と規定しているが、右一一条は傷病その他の事由により休暇をとろうとする場合をいい、一定の事由により休暇をとる場合の規定であつて、どんな事情で何に使おうと労働者の自由に委ねられ、従つて休暇の事由の如きは何ら具申するを要しない年次有給休暇には適用がないのであるが、同条の休暇については所属の長の承認が必要である旨明記されているのに反し、右四〇条の労基法上認められている年次有給休暇については使用者がこれを拒否しうる余地がなく、従つて承認の必要もない旨を明らかに示すものである。
(四) 仮に右規則一一条が年次有給休暇にも適用されるとするならば、同条の所属の長の承認とはその同意若くは許可を意味するものではなく、単に使用者として時季変更の申出をしないという意思の通知に過ぎず、それ自体格別の法的効果をもつものではない。蓋し、承認が同意若くは許可を意味するならば、同条は労基法三九条に違反することになるからであり、林野庁が労基法に違反する就業規則を制定する筈はないからである。又仮に右一一条の承認が同意若くは許可を意味するならば、労基法三九条違反であるから当然無効である。
(五) 仮に年次有給休暇請求権が請求権であり、使用者の承認を要するとしても、
1 右請求権は市民法的請求権と同一ではない。年次有給休暇請求権は労働者にとつて不可欠の権利であり、年次有給休暇を使用者が労働者に対して付与することは、使用者の権利でなくて、積極的に付与しなければならない義務である。このために、労働者が年次有給休暇を付与されるだけの条件を充すならば、使用者は休暇を付与しなければならない。即ち、使用者は法的に締約強制を受けているのであり、事業の正常な運営を妨げるというような事由のない限り付与を拒めない。かかる事由がないのに承認しないということは、違法無効であつて、承認したものとみなされるべきである。仮に、承認とみなされないとしても、かかる場合、労働者は、自力救済により年次有給休暇請求権の効果を生ぜしめることができる。蓋し、右の事由がないのに労働者の年次有給休暇の申出を承認しない場合、使用者には罰則の適用があるだけで、労働者は使用者に対して労働提供義務を制限せしめる不作為請求訴訟を提起しなければならないこととなり、かかる訴訟は実質的な救済にはならず、最低の労働条件として定められた年次有給休暇制度の実効を期しえないからである。
2 原告が本件年次有給休暇をとつたのは、気仙沼市で行われる全林野労働組合宮城県連合会常任委員会に出席するためであつて、正当な組合活動のためである。そして、白石営林署長が休暇を承認しなかつた真の理由は、上局たる青森営林局の指示により、原告の右気仙沼行きを阻止するためである。従つて、右不承認行為及びこれに基づく賃金カツトは、労働組合法七条三号、一号に該当し、無効であるから、被告は右賃金を支払う義務がある。
と述べた。
被告指定代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、
請求原因一、二項の事実は認める。三項は争う。年次有給休暇の請求には次に述べるように使用者の承認が必要であつて、これがない以上その効力を生ずるに由なく、又承認があつたものとみなさるべきものでもないから、原告の本訴請求はすでにこの点において理由がない。
と述べ、その承認を要する理由として、
(一) 原告が年次有給休暇の関係において直接労働基準法三九条の適用を受ける職員であることは原告主張のとおりであるが、右三九条三項但書の規定からすれば、法は、労働者側の利益を考慮すると共に、業務の運営に重大な関係を有する使用者側の利益をも考慮に入れたうえで、両者の均衡を図るため、使用者に対し、請求にかかる休暇を与えるに先立ち、休暇を請求時季に付与することの適否の判断及びそれに基づく意思表示をなす機会を与えているものと解され、更に同法一一九条によれば、右三九条違反の罪に対しては重い刑罰を以てのぞんでいるが、「違反」という以上、三九条に所謂「与えなければならない」に相当する休暇を与える或は与えないといつた休暇の効果発生前の使用者の行為を法は予定しているとみるべきである。従つて、年次休暇の請求は、これに対する使用者の付与承認をまつてはじめてその効力を生ずる請求権であるといわなければならない。
(二) 国有林野事業就業規則に原告主張の趣旨の規定があることは事実であるが、その一一条は、休暇一般についての請求手続を規定したものであつて、年次有給休暇にも適用がある。このことは、同条の規定の位置、同条が休暇につき包括的表現を用いると共に他に年次有給休暇への適用を除外する趣旨を窺わせる規定がなく、しかも、他方ひとり年次有給休暇についてのみ手続規定を欠く筈がないことからも明らかである。従つて、職員が年次有給休暇をとろうとする場合には、右一一条により、所属の長にあらかじめ所定の事項を申し出てその承認をえることが必要とされているのである。そして、年次有給休暇請求の性質を前述のとおり解する以上、右一一条は何ら労働基準法三九条に違反するところがなく、かえつてその趣旨に適合し、それを具体化するために必要な手続を定めたものというべきである。
(三) 右に述べたように年次有給休暇請求がこれに対する付与承認をまつてはじめて効力を生ずる請求権である以上、本件においては後に述べるように原告の休暇の請求に対し承認を拒みうる事由があり、適法に承認しなかつたものであるが、仮に右の事由が認められず、法違反の拒否になるとしても、使用者において承認しなかつた以上、不承認の事実が擬制承認に転換されるわけのものでもないから、原告の本件年次有給休暇はその要件を欠くことになり、その請求にかかる昭和三三年一二月一〇日、一一日の両労働日は原告にとつて年次有給休暇日であつたとすることはできない。
と述べ、主張として、
仮に年次有給休暇請求権が形成権であるとしても、原告の本件年次有給休暇の請求は無効若しくは白石営林署長の適法な時季変更権の行使によつてその効果が消滅した。
一、(一) 年次有給休暇制度は、長期労働によつて低下する労働力を維持培養することを目的とし、それ故使用者に対し労務の給付を受けないで通常の賃金の支払義務を強制しているのである。このように使用者の負担において認められる年次有給休暇を使用者の利益に反する争議行為に利用し、或は団体交渉等組合活動の形式をとつたとしてもその実体が団体交渉に藉口した管理者の吊し上げ、不法監禁或は業務妨害等であるような違法な反使用者的行為に利用することは、年次有給休暇請求権の行使として本来認められる範囲を逸脱し、権利の濫用として無効である。
(二) 昭和三三年一〇月所謂警職法改悪反対統一行動が行われ、これに参加した全林野労働組合員のうち多数の者が処分を受けたが、原告も当時全林野労働組合青森地方本部白石分会書記長の地位に在つて戒告の処分を受けた。
(三) これに対し、全林野労働組合においては、右処分を不当として処分撤回要求の闘争をはかり、各地方本部に対し、抗議職場大会を開き、更に管理者に対し処分撤回の交渉を行うこと、右闘争を一二月一〇日から一三日の時期に集中して行うこと等の指令を出し、青森地方本部においては、右指令に従い、気仙沼営林署において阿部弘他二名が戒告処分に付されていたので、同署を前記闘争の拠点として指定し、闘争の主力を注ぐことにした。
(四) 同年一二月初旬以降、右全林野の闘争指令に基く各地の拠点闘争においては、勤務時間内にくい込む職場大会の開催、組合員による管理者の吊し上げ等の違法行為が相次いで行われた。例えば、秋田営林局においては、一二月二日組合員多数が管理者らを深更に至るまで吊し上げ、その帰宅を阻止して不法監禁したため、警察官の導入を求めるという不祥事があり、青森営林局管内の中里営林署においても、同月一日、二日にわたり深更に及ぶ激烈な交渉を要求したため、同署長が病に倒れるという事態が発生した。このように、各地における拠点闘争の実体は、要求貫徹のための争議行為であり、団体交渉に名をかりた管理者の吊し上げであつた。
(五) 同じく闘争の拠点に指定された気仙沼分会においても、同年一二月四日気仙沼営林署長に対し、処分撤回の交渉を申し入れたが、その際多数の組合員が署長をとり囲んで罵倒し、その退室を実力で阻止するという出来事があつた。そして、その頃、同月一〇日に二時間、翌一一日に三時間のそれぞれ勤務時間内にくい込む分会の臨時大会を開くことを企図し、且つ、右処分撤回の交渉には、同署の現場作業員六〇名、気仙沼地区労働組合員二〇〇名の動員を計画し、これに基づき、同月九日には、すでに作業員三〇名が許可なく下山して同署付近に集合した。組合側の意図するところは、当初からこれら組合員による大衆の威圧を管理者に加え、交渉を有利に展開しようとするにあつたのである。
(六) 事実右気仙沼分会の交渉は、右のように許可なく現場作業員らを下山させ、地本闘争委員、ブロツク各分会代表も参加するという強力な闘争体制の下に大衆交渉が行われたのであり、しかも多忙な時期に事業も遅れていることを知りながら分会臨時大会を求めるという形で右交渉が行われたのであるから、右は服務規律違反以外の何ものでもなかつたのである。
(七) このように原告が本件年次有給休暇を請求した一二月九日当時は各地の拠点闘争の状況及び気仙沼分会の動向からして同営林署において違法な争議行為等が行われることは当然予測されていたところであり、このような時期に原告は同月一〇日、一一日の年次有給休暇を請求し、その際右休暇を気仙沼に行くのに利用する旨明言したのであるから、原告が右休暇を右違法な争議行為等の応援に使用することは明らかであり、又事実そうであつた。そして、このような目的に年次有給休暇を利用することが権利の濫用として許されず、かかる請求が無効であることは前述のとおりであるから、右事実を予知した白石営林署長が本件年次有給休暇の請求を拒否したのは正当である。
二、(一)、原告は昭和三三年五月一日から白石営林署経営課造林係に所属し、造林関係等の業務に従事していた。
(二)、同年九月一日付で林野庁から青森営林局長に対し、官行造林事業運営上の基礎資料にするため、昭和三四年四月末現在における同局管内の全官行造林事業の実態調査をし、その結果をまとめた資料を右四月末日まで提出するよう指令があつた。そこで、同局では、同局管内の一部の官行造林地の実態調査を各管轄営林署に担当させ、残りの白石営林署、古川営林署外七署の実態調査を同局計画課において直接担当することとしたが、同局管内の右調査の結果は同年二月末日までまとめる必要があつた。
(三)、右実態調査のうち白石営林署管内小原、越河財政区等の分は青森営林局計画課の秋谷政美が担当することになつたところ、定期に行われる施業案編成のための実態調査の場合は、同課の係員が官行造林図等を携行し、当該営林署において予備調査即ち右図面等に経営案編成後の改植の結果等を嵌入したうえで現地を調査するのであるが、今回の調査は右に述べたように臨時の急を要するものなので、右嵌入図等は右秋谷政美が白石営林署滞在中に同署員に作成してもらうこととし、とりあえず現地で説明を聞きながら見取図を作成し、これと右嵌入図等を対照して現況を確実に把握する予定であつた。
(四)、そこで、右秋谷は、昭和三三年一二月六日白石営林署に赴き、同署経営課長尾形喜一郎に対し、改植についての林小班、植栽年度、樹種、面積、嵌入図面等、又薪炭林の主伐についての林小班、伐採年度、面積、嵌入図面等の整理作成を依頼し、合わせて昭和三三年度の樹種別、主間伐別の立木処分価格の実績調の提出をも要求した。右嵌入図等は一二枚の資料から成り、その作成には通常二、三日を要するので、右経営課長尾形は、右資料の作成を外川良一に命じたが、同人は長期療養後の勤務で健康がすぐれなかつた折でもあり、原告をして右外川に協力させ早急に資料を作成させようと考え、同月八、九日原告を前記小原、越河財産区の実態調査に同行、立会わせた。
(五)、ところで、原告は右九日右出張から帰署するや否や本件年次有給休暇を請求してきたのであつて、その請求にかかる同月一〇、一一日に休暇を与えるときは、原告に出張をさせたことが無意味になり、右資料の作成も間に合わず、且つ年末に近く各課の業務も非常に多忙であつたことと相俟つて事業の正常な運営を妨げることになるので、同営林署長は原告に年次有給休暇を付与しなかつたのである。事実原告が欠勤したため、同署職員佐々木昭子に手伝わせて嵌入図等の資料の作成を急いだが、結局五、六日を費し、前記秋谷は、前記のように自己作成の見取図等と右嵌入図等を対照することができないまま、同署滞在予定日を一日繰り上げて古川営林署管内の実態調査に出発することを余儀なくされたのである。
と述べた。
原告訴訟代理人は、右主張に対する答弁として、
一、(一)、の主張は争う。労基法三九条三項は、請求された時季に休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合においてのみ使用者は時季を変更できる旨規定しているのであつて、労働者が年次有給休暇をどんな事情で何に使おうとそれは全く労働者の自由である。従つて、労働者が年次有給休暇を請求するに当つては、休暇を必要とする事由の如きは何ら具申することを要しないし、使用者は事由の如何によつて年次有給休暇の申出を左右することは許されないのである。一、(二)ないし(七)のうち原告が当時全林野労働組合青森地方本部白石分会書記長の地位にあつたこと、原告が本件年次有給休暇を請求するに当り気仙沼に行く旨述べたことは認める。しかしながら、原告が気仙沼に行つたのは、全林野労働組合青森地方本部宮城県連合会常任委員会に出席するためであつて、正当な組合活動のためである。又当時気仙沼分会が青森地方本部から拠点斗争を行うよう指定されていたことは事実であるが、その拠点斗争の意味は、被告主張のようなものではない。即ち、昭和三三年頃の林野庁の労務管理はずさんで労働協約や労働法規無視の労務管理が多数行われていたのであるが、青森地方本部では、右協約や法規の完全実施を目的として、各分会に点検オルグを派遣してその実施状況を報告させ、問題の多い分会については地本より団交指導のため執行委員を派遣して重点的に問題解決をはかる方針を立て、これら分会を拠点分会と呼んでこれら分会での行動を拠点闘争と呼んだのである。拠点闘争の意味は右のとおりであり、それ以上のものではない。そして、事実気仙沼分会で行われた闘争は、あくまでも労働条件の改善を目的とする団体交渉であつて、被告主張の如き争議行為若くはその他の違法行為はなく、このことは右交渉によつて懲戒処分を受けた者がないことからも明らかである。なお、団体交渉当時、現場の作業員が下山し気仙沼営林署に集合したのは事実であるが、これは当初当局側が気仙沼分会の団交申入れに対しこれを拒否する態度に出たため、分会としての態度を決するため臨時大会を開くべく招集したものであり、その後団交の議題が雇用区分の問題、未払賃金の支払、超過勤務手当の問題等労働条件として最も基本的な重要な問題であつたため、当時降雨雪のため作業ができない状態にあつた事情もあり、これら組合員の希望により当局の了解を得て団交を傍聴したのである。
二、のうちまず白石営林署長が時季変更権を行使したとの主張は争う。時季変更の申出は積極的な意思表示であることが必要であつて、不承認という消極的な否定だけでは足りない。同人は時季変更の申出をしていない。(一)は認める。(二)、(三)は不知。(四)のうち外川良一が長期療養後の勤務で健康がすぐれなかつたこと、原告が被告主張の両日秋谷政美に同行し現地に行つたことは認めるが、その余は争う。原告は当時造林関係の仕事について経験が浅く未熟であつたので、白石営林署としては、右秋谷が現地調査に来た機会に、原告を同行させ現地を見分させることが今後原告が仕事をしてゆくのに有益であり、又上級機関の職員が派遣されてきた場合できるだけ多くの署員を同行させた方が上級機関の職員の意に添うことになると考え、原告を同行させたのである。現に原告が右秋谷と同行し現地に行くについては、被告主張の資料作成その他何らの具体的指示命令を受けていないのである。又右資料作成は、署に備えつけてある施業案説明書、森林調査簿、施業基案図簿を謄写することを以て足り、現地を見分しなければ作成できないというものではなく、作成時間も一、二時間で充分で、二日も要するものではない。(五)のうち原告が被告主張の頃年次有給休暇を請求したこと、佐々木昭子が資料作成を手伝つたことは認めるが、原告が年次有給休暇をとることにより、出張が無意味になり、資料作成が間に合わなくなるとの点は前述の理由により争う。又年末近く業務繁忙であるというのは、経理課及び賃金支払に関係する業務を担当する部課だけである。以上のように原告が本件年次有給休暇をとつても事業の正常な運営を妨げることにはならなかつたのであるが、それにもかかわらず白石営林署長が年次有給休暇を与えなかつた真の理由は、当時気仙沼営林署における団体交渉がもめていることは宮城県下各営林署の知るところであつたところ、上局たる青森営林局の指示もあつて、原告が気仙沼に行くことを阻止するためであつた。
と述べ、主張として、
原告は昭和三三年一二月九日当時一三日間の年次有給休暇請求権を有しており、年末は二八日を以て御用納めとなつている慣例に従い、且つ休日を除けば同年の勤労日は一五日間となる。そこで、もし本件一〇、一一日両日の年次有給休暇が時季を変更されたとすれば、同年の残勤労日全部を年次有給休暇により休むことができるわけであるが、現実の問題として年末の一三日間を全部休むことは不可能であるから、右署長が原告の本件年次有給休暇請求に対し時季変更権を行使することはこの点からしても許されない。
と述べた。
被告指定代理人は、原告主張の同人の当時の年次有給休暇残日数、残労働日数はいずれも認める。しかし、原告自認のとおり本件年次有給休暇請求に対し時季変更権が行使されても、まだ同年度中に原告の残休暇日数に相当する労働日は残つていたのであるし、仮に原告主張のように勤労日全部につき年次有給休暇をとることができないとしても、すでに年度途中において請求すれば当然承認されたのに、これをしないで、年度末に至つて集中的に請求し事業の正常な運営に支障を来たさせることは許されないから、このような場合に当該時季の休暇請求を拒否できることは当然であると述べた。
(証拠省略)
理由
一、原告が昭和三一年四月被告に林野庁一般職員として雇用され白石営林署に勤務する公共企業体等労働関係法の適用を受ける職員であること、昭和三三年一二月九日、当時原告は一三日間の年次有給休暇請求権を有していたが、年次有給休暇簿に同月一〇日、一一日の二日間年次有給休暇を請求する旨記載し所属課長を経て白石営林署長に提出して年次有給休暇を請求し、右両日出勤しなかつたこと、同署長は右年次有給休暇の請求を承認せず欠勤として扱い、同月二五日支給すべき賃金から六五〇円を差引いたことについてはすべて当事者間に争いがない。又右争いのない原告が公労法の適用を受ける職員である事実からすれば、原告が年次有給休暇の関係において国家公務員法及びこれに基づく人事院規則の適用を受けず、労働基準法三九条がそのまま適用されることは公労法上明らかである。
二、そこで、まず、原告は、年次有給休暇請求権は形成権であるから使用者の承認を要しないと主張し、これに対し、被告は、右は請求権であるから承認を要すると主張し抗争するので、この点について判断する。所謂年次有給休暇請求権の法律的性質については争いのあるところであるが、労働基準法三九条三項は、その本文において、使用者は有給休暇を労働者の請求する時季に与えなければならない旨規定し、有給休暇日はまず労働者の意思によつて特定すべきものとし、ただ事業の正常な運営に重大な関心を有する使用者の利益をも考慮し、その但書において、事業の正常な運営を妨げる場合には他の時季にこれを与えることができるとして使用者に時季変更権を認め、その間の調整をはかつたものと解される。であるから、具体的な年次有給休暇日はまず労働者の請求によつて定まり、これに対し使用者において相当な時間内に時季変更権を行使しない限り、労働者から請求のあつた時季がそのまま年次有給休暇日となるものというべく、右時季変更権の行使と別個に使用者の承認の有無を問題にする必要はない。この意味で年次有給休暇の請求は形成的な効力をもつと解するのが相当である。少くとも、被告主張のように、それが請求権であることから、使用者の付与承認がない以上、たとえ承認しないことが事業の正常な運営を妨げるといつた正当な事由がない場合であつても、年次有給休暇日たりえないとする解釈は、年次有給休暇制度の適正な実現を害するおそれがあり、採用できない。
そして、就業規則上若くは事実上年次有給休暇請求の手続において使用者の承認を要するとされていても、このことは、年次有給休暇請求権を前述のように解する妨げとはならない。蓋し、右の承認とは、使用者において時季変更権を行使しない旨を表明する行為であつて、それ以上のものではないと解されるからである。
三、よつて、次に、原告の本件年次有給休暇は争議行為ないし違法な団体行動に利用されたから、その請求は信義則に反し無効であるとの被告の主張について判断する。
(一)、原告が当時全林野労働組合青森地方本部白石分会書記長の地位に在つたこと、本件年次有給休暇を請求するに当り原告が右休暇日に気仙沼に行く旨を述べたことについては当事者間に争いがない。
(二)、成立に争いのない乙第一六ないし第一九号証及び証人谷口弥一の証言によれば、昭和三三年一一月五日頃所謂警職法改悪反対統一行動に参加し勤務時間内に許可なく職場大会を開いた等の理由により、同月一〇日全林野労働組合員が処分を受け、青森営林局管内においても減給、戒告、訓告など計約一四〇名の組合員が処分され、その際原告及び気仙沼分会の正、副執行委員長、書記長も戒告の処分を受けたことを認めることができ、又証人谷口弥一、同熊谷千治の各証言によれば、右処分に対し、その後全林野労働組合中央本部において、右処分辞令の返上、処分に対する抗議職場大会の開催、当局の違法不当行為の摘発等の闘争方針を定め、これが実施を各地方本部へ指令し、更に各地方本部からこれを各分会へ指令したことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。そして右事実に成立に争いのない乙第三号証の一、二及び証人谷口弥一の証言を総合すると、青森地方本部は、右闘争の拠点として中里分会、気仙沼分会を指定し、ここに闘争の主力を注ぐことにしたことを認めることができ、右気仙沼分会が拠点とされた趣旨については右認定に反する証人熊谷千治の証言もあるが、前記各証拠に徴して措信せず、証人金沢日出雄の証言も右認定を覆すにたらず、他に右認定に反する証拠はない。もつとも、前記各証拠によれば、右気仙沼分会の闘争は、前記中央本部ないし青森地方本部の指令にもあるとおり処分撤回要求と合わせて経済的要求特に当局側の法規或は協約違反等を摘出してその解決をはかるという方向で進められたことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。又右拠点闘争を同年一二月一〇日から一三日までの間に集中して行うべき旨の指令が出されたとの被告の主張については、これに副う乙第七号証の一、二もあるが、右はにわかに採用できず、他にこれを認めるにたりる証拠はない。
(三)、証人谷口弥一、同小林一良、同千田修二、同金沢日出雄の各証言によれば、同年一一月二五日三本木営林署において夕方から翌朝七時頃まで徹宵団交がなされ、又同年一二月一日から二日にかけて、中里、北上両営林署において団体交渉が午前二時ないし三時頃まで続けられ、両署共署長が病に倒れるという事態が起きたこと、同日頃秋田営林局において処分撤回問題について局長に対する大衆交渉が行われ、翌朝三時頃までかん詰交渉が続けられたことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。
(四)、次に当の気仙沼営林署の拠点闘争について検討するに
1 成立に争いのない乙第二〇号証、証人金沢日出雄、同熊谷千治、同谷口弥一、同小林一良の各証言によれば、同年一一月三〇日青森地方本部から同本部副執行委員長熊谷千治、執行委員小林健蔵が気仙沼分会に派遣され、同人らは賃金問題、雇用区分の問題等につき同分会組合員の要望を聞き、又啓蒙を行うなどの組合活動を行い、同年一二月三日右両人を加えた分会執行部において組合員の要求事項を整理検討したうえ、その頃、当局に雇用区分の適正発令について等二五項目(前記処分問題を含む)を掲げて団体交渉の申入れをし、右団体の期日について当初は同月五日と推定し後同月八日と変更したこと、右団交申入れの際分会側から団交項目の検討等をしたいから同月四日勤務時間内一時間の職場大会の開催を許可されたい旨署長に申入れがなされ、同署長はこれを承認したが、その後右時間を三〇分間に短縮するよう分会側に申し入れ、四日当日右時間変更の問題をめぐつて同署構内入札場において同署長と分会三役、前記熊谷、小林との間で交渉がなされ、分会側では署長のはつきりした返答が得られるまでは署長を部屋から出さないとして同人を取り囲むなど一時不穏な事態になつたこと、団交の申入れについては、その後分会側と当局側との間で団交の進め方等について事前の打合せが重ねられたが、団交の打切り時間の問題で双方の折合いがつかず、同月五日夜には分会側から右の問題について地方調停委員会に調停を申立てるなどの曲折を経たが、結局同月九日から同月一二日まで団交が開かれたこと、この間同月五日頃分会と気仙沼地区労働組合評議会との間で、地区労激励大会を開くことの話合いがもたれ、又同月八日頃には前記のように団交の進め方について当局との折合いがつかずもの別れの状態になつたので、分会執行部としてこのような事態に対処するのに更に分会臨時大会を開き態度を定める必要があるとして文書で九日に勤務時間内一時間の分会臨時大会を開くことの許可を求め、その許可がないまま右臨時大会を招集し、これに応じて同署唐桑、戸倉各事業所において伐木、運材等の生産事業に従事する作業員殆んど全員計三〇名を超える者が下山し、一二月九日の団交開始当日団交場付近に集合し、分会役員から団結と記載してある鉢巻を手渡されたこと、これより前同月六日午後から七日にわたり署長が各事業所を廻り下山して大衆行動をすることのないよう説得したことを認めることができ、又証人浜田武雄、同三塚武蔵の各証言によれば、同月八日宮城県内の白石分会を除く他の四分会から青森地方本部宮城県連合会常任委員である分会役員各一名が気仙沼に集り、翌九日団交傍聴に赴いたことを認めることができ、分会臨時大会の開催予定日につき右認定に反する証人熊谷千治の証言は措信せず、他に以上の認定を左右するにたりる証拠はない。
2 そして成立に争いのない甲第四号証乙第一五号証の一、二証人谷口弥一、同小林一良、同浜田武雄、同金沢日出雄の各証言によれば、団交は前記のとおり同月九日から一二日まで気仙沼営林署入札場において当局側八名、分会側九名及び作業員若干名出席して行われたが、この間前記下山した三〇名を超える現場作業員が団交場外で傍聴していたこと、同月九日は冒頭分会側から臨時大会開催に関する当局の回答を求め、これに対して不許可の回答がなされたのでその理由の追求がなされ、その後前記連合会常任委員らに傍聴を許すか否かの問題が提起され、前者の問題で午後二時七分過から二時一九分頃まで議場騒然として語句が聞きとれないような混乱状態に陥つたこと、その後一旦平静に復したが、署長が許可なく下山した者が職場に復帰しなければ話合いに応じられないとして席を立つたので、組合員がこれを阻止しようとするなどのことがあつたこと、結局前者の問題は一応棚上げということになり、後者の問題は傍聴は許さないが、場内のストーブの側に寄ることを認めるということで落着したが、これらの問題で当日の大半を費し午後五時一三分に打切られたこと、右常任委員らは翌一〇日から一二日午前九時過まで右のように団交場内において事実上団交を傍聴していたこと、一〇日は開始後間もなく作業員傍聴の問題が起り、分会側は全員に傍聴を許すよう当局側では五名に制限すべきことを、それぞれ主張し、結局傍聴者説明員を加えて計一〇名ということに解決したが、この間午前一一時三〇分頃から午後三時五分頃まで現場作業員が当局側の意に反して団交場内に入り、両三度議場騒然となり、又罵声がとぶなどの状態があつたこと、気仙沼地区労の組合員が気仙沼営林署において気仙沼分会三役の処分撤回を要求する激励大会を開き(成立に争いのない乙第一四号証によればその人数は大凡二〇〇名程度であると認められ、これに反する証人浜田武雄の証言は措信しない。もつとも右大会が団交に威圧その他不当な影響を及ぼす場所、方法で行われたか否かについては、右人数、大会の目的などの徴表もあるが、この点に関する右浜田、前記小林の各証言に徴するとにわかに肯認できず、他にこれを肯認するにたりる証拠はない。)右代表者が午後七時一五分頃団交場に入り、署長に対し拠分撤回要求決議文を手交し一五分間位で退場したこと、その後当局から疲労を理由に三回位打切りの動議が出され、午後九時三〇分打切つたこと、一一、一二の両日は格別の波らんもなく円滑に進行し、一一日当局側から天候が回復したことを理由に作業員の傍聴を認めない、全員職場に復帰すべき旨の主張がなされたが、説明員として一〇名の参加を認めることに落着き午後七時五五分打切られ、一二日には処分問題がとり上げられたが、分会側の提案は被処分者に対し今後昇給、配置換等の点で不利益な取扱いをしないよう営林局長に具申してもらいたい旨の提案があり、比較的簡単に双方了解点に達し、その後午後一一時一三分終了したことを認めることができ、右認定を左右するにたりる証拠はない。
(五)、ところで証人浜田武雄の証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告は本件年次有給休暇を利用し、同月一〇日午前一〇時ないし一一時頃気仙沼に赴き、翌一一日昼頃まで団交場において他の常任委員らと共に団交を傍聴したことを認めることができるが、この間原告が発言その他何らかの目立つた行動に出たことを認めさせる証拠はない。
(六)、右一連の事実から被告主張の当否について判断するに、
1 労働組合に団体交渉権が認められているといつても、その行使が無制限に許されているわけではなく、交渉の人数、時間、態度、目的などにおいて社会通念上相当と認められる態様でなければならない。しかしながら、前記(四)、2の団体交渉の経過に表われた事実からだけでは、団体交渉の正当な範囲を著るしく逸脱し、違法な大衆交渉と目さなければならないような多衆による威圧、吊し上げがなされたとは認め難く、前記(二)のような本件団体交渉が処分撤回闘争の一環として計画されたという事情、(三)の他の分会の拠点闘争の状況、(四)、1の本件団体交渉が開始されるまでのいきさつ等を合せ考えてもこれを認めるにたらず、他にこれを認めるにたりる証拠はない。
2 被告は、本件団体交渉が処分撤回闘争の一環として計画された事情、他の分会の拠点闘争の状況、本件団体交渉が開始されるまでのいきさつ等を指摘して本件団体交渉は名目だけのものであつて実質は違法な大衆交渉をする目的であつたと主張する。これらの被告指摘の点について認定した事実は前記(二)、(三)、(四)、1のとおりであるが、前出甲第四号証によれば、団体交渉事項としてとりあげるに適する項目について二日間余実質的な交渉が行われたことが認められ、右(二)、(三)、(四)、1の事実をもつてしても本件団体交渉が名目だけのものであつたとは到底認められず、又前記のように現場作業員の招集、傍聴及び地区労激励大会の開催が分会執行部の意図によるものであるとしても、すでに述べたようにこれら組合員によつて違法な威圧、吊し上げが行われたことを認めさせる証拠がない以上、前記(二)、(三)、(四)、1の事実からこれら組合員の集合がこれによつて違法な威圧、吊し上げを行う意図であつたと断定することはできず、他に本件団体交渉の目的が被告主張の如きものであつたことを認めさせる適切な証拠はない。
次に、被告は、多忙な時期に事業も遅れていることを知りながら分会臨時大会を求めるという形で団体交渉が行われたから違法である旨主張する。分会側から臨時大会許否の回答を求め更に不許可理由の追求がなされ或は傍聴の許可を求める議題が提出され、これらの問題をめぐつて紛糾が生じたことは前認定のとおりである。
しかし、右のような問題を持ち出すこと自体が団体交渉を違法ならしめるとは解し難く、むしろ問題は臨時大会の開催を認めない或は傍聴を許さないという当局側の意思の表明にもかかわらず職場に復帰せず、或は復帰させなかつた点にあるといわなければならない。そこで、次にこの点について検討する。
3 争議行為についての労働関係調整法七条の定義規定は、同法上の定義を定めたものであるが、同法に限らず一般の争議行為の定義としても妥当すると解する。ところで、前認定のように、分会側は署長の許可なしに臨時大会を招集し、その後当局側から再三職場に復帰すべき旨要請があつたのにこれに従わず、前記生産事業に従事する二事業所の殆んど全員計三〇名を超える下山作業員が鉢巻を受けとつたうえ四日間にわたつて事実上団交を傍聴し、執行部もこれを放置し、黙認していたというのであるから、右は主張の貫徹を目的とし、業務の正常な運営を阻害するものというべく、争議行為であるといわなければならない。
4 しかしながら団体交渉の傍聴が争議行為であるとしても、団体交渉自体を違法ならしめるとはいいえない。蓋し、争議行為中の団体交渉はそれが明らかに不当な争議行為である場合は、相手方においてその争議行為を中止するまでは団体交渉を拒否しうると解されるが、団体交渉を拒否しないで任意にこれを継続することも妨げないというべく、このようにしてなされた団体交渉を違法視するいわれはないからである。
5 又、作業員の傍聴が争議行為に当るとしても、前記のように原告に団体交渉の傍聴以外に特段の行為を認めることができない以上原告が右争議行為を支援したということはできない。
6 以上の次第で、被告主張のように原告が本件年次有給休暇を争議行為又は違法な組合活動に利用したと認むべき証拠はない。
(七)、証人千田修二の証言によれば当時白石営林署長であつた同人は同年一二月三日頃当時の作業課長から処分撤回運動について説明を受け、中里、北上両営林署で相当激しい団交が行われた旨を聞き、合せて気仙沼でも右運動が行われ、県内各分会からこれに応援に行くことが予想されるから阻止するよう指示を受け、同月五日には仙台営林署長から電話で中里営林署長が団交が午前二時ないし三時頃まで続いたため病気になつた旨知らされたことが認められ、右事実に前記(二)、(三)、(四)、1の各事実を合せ考えると同人が気仙沼で違法な拠点斗争が行われるであろうことを予測したとしてもあながち不当であるとはいえない。しかし、他方において、原告が本件年次有給休暇を請求した目的が原告主張のように常任委員会出席のためであつたか否かは暫く措くとしても、少くとも原告が当時気仙沼分会において違法な拠点闘争が行われるであろうことを予測し、これを応援する目的で休暇を請求したと認めるにたりる証拠がなく、前認定の如く事実右休暇を争議行為等に利用したものといえない以上、白石営林署長が前記のように予測し且つ予測したことが不当ではないとしても、これをもつて直ちに年次有給休暇を承認しないことが正当であつたということはできない。
以上の次第であるから、原告が本件年次有給休暇を争議行為ないし違法な団体行動に利用し、又は利用することが明白であつたから右休暇請求は無効であるとの被告主張はその余の点について判断するまでもなく理由がない。
四、進んで本件年次有給休暇請求に対して白石営林署長の適法な時季変更権の行使があつたとの被告主張について検討する。
(一)、原告が昭和三三年五月一日から白石営林署経営課造林係に所属し、造林関係等の業務に従事していたこと、同年一二月八、九の両日青森営林局から来署した秋谷政美に同行し小原、越河両財産区に行つたこと、当時外川良一が長期療養後の勤務で健康がすぐれなかつたことについては当事者間に争いがない。
(二)、証人尾形喜一郎の証言及び原告本人尋問の結果によれば、当時白石営林署の経営課は治山係三名、収穫係五名、造林係六名で構成され、造林係は更に種苗係一名、官行造林係二名、国有林係二名、運転手一名から成つていたが、原告は官行造林係に所属し、係の主査は外川良一であつたが前記のとおり健康がすぐれなかつたため原告がその補助をしておりそのかたわら時には種苗係の仕事も手伝つていたこと、官行造林の業務のうち現地に出て働く所謂外業は四月頃から一二月頃までがその仕事の時期であるが、これは主に本署外の担当区ですることになつており、署の係の仕事は右以外の書類の整理作成等の所謂内業が主であり、外業のように特に仕事の時期はないが、四、五月頃が多忙であること原告は当時右係に移つて日が浅く係の仕事には未熟であつたことが認められる。
(三) 証人秋谷政美、同尾形喜一郎、同千田修二の各証言及び原告本人尋問の結果によれば、昭和三三年九月林野庁から青森営林局あて、分収造林特別措置法が国会でとり上げられ、従来の官行造林地についても経営面で考慮を払わなければならなくなつたこと、大正九年に始つた官行造林の伐採時期が間近になつたことなどから、今後の官行造林事業の運営上の基礎資料にするため、臨時に実態調査をし資料を作成して昭和三四年四月末日まで提出するよう要請があつたこと、これに基づいて白石営林署管内小原、越河財産区の実態調査のため青森営林局から秋谷政美が昭和三三年一二月六日白石営林署に来署し、同人から同署経営課長尾形喜一郎に対し、改植関係の資料、主伐関係の資料、立木の処分価額、基本図嵌入図などの提出又は作成提出を求めたこと、右嵌入図は官行造林図の写に改植の結果を嵌入したものであつて、改植の都度嵌入されるのが建前であるから、本来できているべきものであるが、これができていなかつたので、右秋谷はあらかじめ、携行していつた図面で現地調査を行うこととし、ただ白石滞在中に右嵌入図ができあがれば、これと現地調査の結果とを対比し、不明の点があれば、現地職員に問い訊し説明を求めるなり再検討してもらうなりすることも可能であつて、調査をより正確なものにできるので、白石滞在中である同月一〇日まで作成するよう右尾形に依頼したこと、そこで同人は右秋谷が到着した六日に前記外川に右資料の作成を命じたが、原告には資料作成のことは告げず、その後原告に右秋谷の同行を命ずるに当つても、目的を告げず、原告は同月八、九の両日秋谷に同行したが、八日は原告の他右尾形及び担当区の伊藤春夫が同行し、九日は右伊藤が同行し、その際にも原告は同行する目的を告げられず、現地の案内説明等も右伊藤らがしたこと、しかし右尾形としては、この機会に原告に少しでも現地に通じてもらう意味とその結果資料の作成を手伝つてもらう意味で同行を命じたものであること、結局右資料の作成は秋谷の滞在中に間に合わず、同人は予定を一日繰り上げて一〇日に古川営林署に出発したが、その際営林局に帰る予定日を告げ、これに間に合うよう言い置いたところ、右資料一二枚のうち二枚を女子職員が手伝つて作成し、右秋谷から依頼された予定日には間に合うよう送付し、秋谷においても同人の担当した分は林野庁が指定した期限に間に合うよう調査報告を終了したことを認めることができ、以上の認定に反する証拠はない。
(四)、又証人千田修二の証言及び原告本人尋問の結果によれば、昭和三三年には定員外職員についての仲裁裁定が出され、これに基づく追給を一二月二五日までに支払うべき臨時の給与事務があり、右定員外職員の給与の支払は経理課の担当であるが、その計算は支給を受ける労務者を使用している所管各課においてすることになつていたことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。
(五)、右事実を総合すると、当時の白石営林署特に原告所属の課は臨時の業務が重なりかなり多忙であつたと認められる。しかし時季変更権行使の要件としての事業の正常な運営を妨げる場合とは、単に多忙であるというだけではたらないと解すべきであるから、更にその程度が右時季変更権行使の要件に該当する程度であつたか否かについて検討するに、右にもみたとおり原告は仕事の上で補助的な地位にあり、問題の資料作成にしても終始一言もこれを命じられておらず、これら事実からすれば、原告が現地調査に同行した事実も、その結果原告の右仕事上の地位を非代替的ならしめるほどの意味をもつたものとは認め難く、又ともかく結果的には、原告が本件休暇をとつたことによつてさしたる支障も来さなかつたというべく、更に証人尾形喜一郎、同千田修二の各証言及び原告本人尋問の結果によれば、白石営林署長は前記のように気仙沼の拠点闘争についてあらかじめ上局等から、説明を受け、且つ、各分会から気仙沼に応援に行くだろうからこれを阻止すべき旨指示され、署長から各課長に対し気仙沼に支援に行くときは休暇を許可しないよう指示がなされていたこと、前記尾形課長は原告から年次休暇の請求を受けて休暇中の行先を聞き、原告が気仙沼に行く旨答えたところ、言下に駄目だと答えたことを認めることができ、右事実によれば、白石営林署長が休暇を認めなかつた若くは、時季変更権を行使した主たる理由は、原告が気仙沼の闘争の応援に行くことを阻止するにあつたことが窺われ、以上の諸点を総合すると、時季変更権を行使しうる事業の正常な運営を妨げる場合であつたと断ずることはできず、他にこれを認めさせる証拠はない。従つて被告の右主張も採用できない。
五、そうすると、被告は原告に対して未払賃金六五〇円及びこれに対する支給日の翌日たる昭和三三年一二月二六日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるので、原告の本訴請求を正当として認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用し、仮執行の宣言についてはこれを付さないのを相当と認め、主文のとおり判決する。
(裁判官 鳥羽久五郎 和田啓一 後藤一男)